オープンスペースの千両役者たち①
「nbsa+×÷」という特異なパーティは、バンドの転換がないまま、2組(ないしは3組)のバンドセットの間を行き来して出演が進行していく。
この際、半ば突発的に盛り上がって二つのバンドが合体してジャムったり、とある名うてのマイク持ちがひょっこりと姿を現してセンスとソウルとスキルのない交ぜになった得も言われぬ一物をかまして会場をロックさせたかと思うとさっ、と消えて行き、気づくとそのバイブスを拾い上げるようにしてまた次のバンドが演奏を展開していく、といった光景が始終繰りひろげられる。
このアクトとアクトが展開していく融解点、nbsa+×÷ならではの「オープンスペース」にこそ、自由とスキルと魂を使いこなす表現者の本質が、プレイヤーの力量がむき出しになる瞬間が在る。
まるでジプシーの溜り場、街角のサイファー、いにしえの田植え唄。日常に根ざした、ある瞬間にふと存在する、迷いなき必然のことわり、うた、しらべ、そしておどり。ラップ、ポエトリ、ビート、即興演奏。
作り込まれ、磨かれたプレイと同時に、荒削りなひらめきの瞬間をあらわそうとする行為にも価値を置く、それが彼らのスタイル。
鎮座DOPENESSは、日本語の音韻が20年に及ぶ戦いのすえにヒップホップというフラッグを真に手にした瞬間の男だ。さすらいの即興詩人だ。例えば、桜井響や太華が独自の、そして国内随一のヒューマンビートで華を添えると、それを目撃した全ての人がそこに「ヒップホップ」を理解することだろう。ましてや日本におけるフリースタイルカルチャーの功労者・漢や、滑舌NO.1ラッパーGAGLEのハンガーといった役者たちが此処へ立ち入り、韻シストのファンキーマイクが酔いどれた犬のごとくセッションを探し求めてビール片手にうろつくわけだ。
あらゆるカテゴリーの音が同時に鳴ってる、現在進行形の東京の夜の在り様がグシャッと収縮したかのようなアゲハの一夜では、ジャンルを超えた「無差別級」でのアルティメットなバイブスの刺激し合い、腕自慢が、ソウルコンテストが、意地のみせあいが、愛が、燃え上がること必至なのだ。起きうる全ての可能性を説明する余白はない。起きうるあらゆる奇跡に拍手喝采してほしい。
ジャズを支えた50・60年代のケタタマしいNYの酔いどれたちがそうであったように、グレートフルデッドと共に生きる悠久の時間をとことんマッタリとエクスペリエンスし尽くそうとしたヘッズたちがそうであったように、クラブに入る金のない黒人のキッズたちが入り口のドアの前にたむろして白い吐息でサイファー繰り広げてるその輪っかのまわりでワーワー盛り上がってる奴らがそうであったように。パーティがアゲハになっても、リアルな東京の夜の住人たちには、変わらないでバイブスの主役で在って欲しい。
三宅"MKY"洋平 from 犬式a.k.a.Dogggystyle
*フリーペーパー「MAGICAL TRAVEL」nbsa+×÷特集より
*フリーペーパー「MAGICAL TRAVEL」nbsa+×÷特集より